巡る奈良

祈りの回廊 2016年秋冬版

の心に触れる旅

胸の奥のありのままの気持ちに耳を澄まして
奈良の禅寺で、魂のありどころを感じるひとときを

監修:瀧巖寺(りゅうがんじ)
住職:河村 松雄(かわむら しょうゆう)

達磨寺所蔵の掛け軸「達磨半身画像」より

達磨寺方丈

撮影:茶本晃生

達磨寺方丈(だるまじほうじょう)

(奈良県指定文化財)

建築されてから350年近く経って初めての大修理が来夏から予定され、ぜひ参拝しておきたいお堂。ご寄進もできます

雪丸像の石像
達磨大師画像と聖徳太子画像

雪丸像の石像(左)

(王寺町指定文化財)

聖徳太子の愛犬と伝わり、現在、王寺町の人気マスコットキャラクターとして活躍しています(王寺町指定文化財)

達磨大師画像と聖徳太子画像(右)

達磨寺(だるまじ)

  • 北葛城郡王寺町本町2-1-40
  • 0745-31-2341
  • JR王寺駅から徒歩約15分
    JR王寺駅・近鉄新王寺駅から明神1丁目、白鳳台2丁目行バス「張井」下車、徒歩すぐ
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中国禅宗の初祖・達磨大師(だるまだいし)

枯淡(こたん)な絵画、枯山水の侘びた庭園など、日本人の美意識に深く浸透する「禅」。挨拶・主人公・知事・老婆心・以心伝心・日日是好日(にちにちこれこうじつ)など、いまでは日常的に使う言葉も語源を探ると禅の教えにたどり着きます。 道元(どうげん)によって日本にもたらされ「只管打坐(しかんたざ)」(ひたすら坐禅をすること)を大事にする曹洞宗、栄西を開祖とし「公案」(一休禅師の行った禅問答はよく知られていますね)による自己究明を宗旨(しゅうし)とする臨済宗、明から来日した隠元(いんげん)を宗祖とする黄檗宗(おうばくしゅう)は臨済宗から分離した宗派で、現在の仏教儀式も中国明代の様式にのっとって行われています。
 これらの禅宗の初祖となるのが、南インド出身で中国に渡った達磨大師です。5世紀後半から6世紀前半に生きた高僧とされ、中国の嵩山少林寺(すうざんしょうりんじ)にこもり、九年間壁に向かって坐禅を組み悟りを開いたという故事が伝えられ、大変に厳しい修行者であったことが伺えますが、日本では達磨大師をモチーフに、赤く丸いかたちでおなじみのだるま人形が作られるなど、広く敬愛される存在でもあります。
 臨済宗寺院である王寺町・達磨寺は、聖徳太子が作った達磨大師のお墓のあった場所にお堂が建てられたのが始まりと伝わります。本堂には達磨大師と聖徳太子の像と掛け軸が祀られており、境内には両者が向き合って問答した「問答石」も遺されています。「うちと同じく達磨大師と聖徳太子が並んでおられる場所が天川村にもあるのですよ」と達磨寺の日野周圭(ひのしゅうけい)住職。その天川村の「達磨堂」は民家の奥にひっそりとあり、地元の人々から篤く信仰されている小さなお堂です。
禅の初祖・達磨大師と、仏教信仰の拠点を整備した聖徳太子との縁については、『日本書紀』に「飢人伝説」※として知られる逸話が記されています


※聖徳太子が道に伏せっていた飢人を哀れに思い、飲み物と食べ物、衣服を与えました。飢人は亡くなってしまいますが、数日後に墓を確認してみると埋葬したはずの遺体は消え、棺の上に衣服がたたんで置いてありました。あまりの不思議さに、飢人は達磨大師の化身だと噂されるようになりました。

天川村の達磨堂

天川村の達磨堂

民家の奥にひっそりと建つ天川村の達磨堂

あの世阿弥も参禅した

奈良における曹洞宗の歴史も興味深いものがあります。下北山村・瀧巖寺(りゅうがんじ)の河村松雄(かわむらしょうゆう)住職のお話によると、鎌倉時代の多武峯(とうのみね)(桜井市南部の山々)で「日本達磨宗」という禅宗の一派があったそうです。ここに属した孤雲懐奘(こうんえじょう)は、曹洞宗の開祖・道元との問答の末、その禅に心酔し師事を願い出ます。幾度も訪ねた末にようやく許され、20名ほどの弟子を引き連れて合流できたのだとか。孤雲懐奘は道元の高弟となり、後には曹洞宗の第二祖として曹洞宗の礎を築きました。
また、田原本町の「補厳寺(ふがんじ)」は、大和で曹洞宗の寺院として初めて建立された寺院です。そして後に能楽を大成させる若き日の世阿弥が禅を学び、その直筆の書に名前が残る「ふかん寺」が、この補厳寺。世阿弥が帰依(きえ)した竹窓智厳(ちくそうちごん)が第二代を務めた寺で、同寺の台帳に世阿弥夫妻の名前が残されていることが近年発見されました。
 世阿弥の能に禅(特に道元禅)の影響が色濃いことは知られていますが、著書「風姿花伝(ふうしかでん)」※においても中国禅宗の慧能(えのう)が遺した言葉が引用されるなど世阿弥が禅に大きな影響を受けていたことが如実に表れています。本堂などは失われてしまいましたが、門前に「世阿弥参学之地」の碑が建てられ、その歴史を伝えています。


※世阿弥が記した能の理論書。父・観阿弥の口述を、世阿弥が書き記したとされ、「秘すれば花なり。秘せずば花なるべからず」など、時代を超えて訴えかける名言や人生訓が散りばめられた日本最古の芸術論、演劇論となっています。同時に禅の心と通じる生き方を記した名著です。

正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)洗面の巻 写本

正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)洗面の巻 写本

曹洞宗開祖・道元禅師の著作。ここに説かれている「朝に顔を洗い歯を磨く」などの今は当たり前な習慣も、ここから仏門を超えて日本に広まったとされています。日常生活も修行として捉える禅宗の教えは、今改めて感銘を受ける内容で、昨今のシンプルなライフスタイルの源でもあるのかもしれません。 (河村松雄所蔵)

補厳寺門前

補厳寺門前

「あの方」の足跡を訪ねて

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  • 慈光院

    片桐石州

    慈光院(じこういん)

    時代を代表する茶人の1人だった片桐石州。石州が父の菩提寺として建立した慈光院は建物、道、庭園など境内全体が一つの茶室として造られ、現存する稀有な空間です。

    • 大和郡山市小泉町865
    • 0743-53-3004
    • JR大和小泉駅から近鉄郡山駅行きバス または 近鉄郡山駅から法隆寺行きバス「片桐西小学校」下車、徒歩約3分
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  • 芳徳寺

    柳生一族

    芳徳寺(ほうとくじ)

    柳生家の菩提寺。裏山には墓所があり、柳生一族が弔われています。柳生藩の資料が展示される資料室や剣道と坐禅を学ぶ正木坂剣禅道場が開かれるなど、柳生の歴史、伝統、志を今に伝えています。

    • 奈良市柳生下町445
    • 0742-94-0204
    • 近鉄奈良駅から石打・柳生・邑地中村行バス「柳生」下車、 徒歩約15分
  • 世尊寺

    聖徳太子

    世尊寺(せそんじ)

    聖徳太子が建立した49ヶ寺のひとつとされる比曽寺(比蘇寺)。その跡に復興されたのが世尊寺です。境内には聖徳太子十六才孝養像を祀る太子堂や、聖徳太子御手植えと伝えられる桜、芭蕉の句碑も。

    • 吉野郡大淀町比曽762
    • 0746-32-5976
    • 近鉄六田駅または大和上市駅下車、タクシー約7分または徒歩約40分
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坐禅を組む

座禅を組む
天照寺

天照寺(てんしょうじ)

奈良県指定文化財に指定される薬師堂は茅葺きで舞台の形をした珍しい建築です。坐禅は本堂で行われます。

[坐禅会]毎月17日19:30~、無料(観音講と兼ねて開催)
※上記日時以外での坐禅希望の際は電話で相談可

  • 吉野郡東吉野村大字小754
  • 0746-42-0388
  • 近鉄榛原駅から大又行きバス「小村大橋」下車、徒歩すぐ
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座禅の組み方

坐禅体験できる奈良禅寺

  • 三松寺

    三松寺(さんしょうじ)

    曹洞宗認可の参禪道場のある古刹。茶室「送月舎」や、地元では“縁切り地蔵”とも呼ばれる「お艶地蔵」でもよく知られています。

    [坐禅会]毎週土曜日 19:00~21:00、志納

    • 奈良市七条1-26-10
    • 0742-44-3333
    • 近鉄九条駅徒歩約15分
  • 平等寺

    平等寺(びょうどうじ)

    山の辺の道沿いにある聖徳太子ゆかりのお寺。大神神社の神宮寺として栄えたが明治の廃仏毀釈で一時廃絶、昭和52年に復興しました。坐禅会は昭和46年から続いています。

    [坐禅会]毎週日曜日 6:30~7:30、無料

    • 桜井市三輪38
    • 0744-42-6033
    • JR三輪駅から徒歩約10分
  • 久松寺

    久松寺(きゅうしょうじ)

    昭和9年の室戸台風での堂宇倒壊より約80年、平成20年に再建の落慶法要が営まれました。子どもの参加が多い坐禅会は自由に参加可能。

    [ざぜん塾]毎週土曜日 7:15~7:55、無料
    ※月1回坐禅+おかゆの会(要予約)

    • 大和郡山市城町1470
    • 0743-55-0336
    • 近鉄郡山駅から徒歩約20分
  • 蓮昇寺

    蓮昇寺(れんしょうじ)

    黄檗宗の末寺。創立は室町初期とされ、大正13年に現在地に再建。

    [坐禅会]毎週金曜日 19:30~21:00(要予約)
    ※上記日時以外での坐禅希望も一人から相談可

    • 宇陀市榛原池上254
    • 0745-82-1706
    • 近鉄榛原駅からバス「池上」または「高塚」下車、徒歩約5分